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艦これ

提督「潮がグリースサットル(5kg/\1,698)で手を洗う日常」

1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:34:51.66 ID:fFAY6YgyO

潮は自室に戻ると汚れた服を脱ぎ、それを繊維修復機能付きの洗浄機に突っ込むとスイッチを押した。

裸になった潮はそのままシャワールームに向かう。

職業柄、生傷は絶えない。大小かかわらず全ての怪我を鎮守府の大ドックで処理するのは不可能である。だからといって、傷の浅い者を後回しにするのも具合が悪い。

大本営は艦娘の各個室に簡易ドックを設けると決定した。それにより、小破程度の損傷ならば各自で修復可能となった。

莫大な費用を必要とする計画であったが、その予算編成が通ったという事実は、もはや艦娘という存在が人類の希望になってしまったという事実の裏返しであったのかもしれない。

結局、深海棲艦への対抗策を艦娘にしか見いだせなかった人類は、艦娘側が戦況的に押されれば押される程、艦娘への更なる温情を施し、期待をただ高めているのだった。

 

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:35:59.53 ID:fFAY6YgyO

潮が着任当初に割り当てられたのは閉まりの悪い窓から絶えず隙間風が流れ込む、段ボールが一つだけある粗末な部屋だった。個室ではなかったので、夜は他の艦娘達と雑魚寝しなければならなかった。

それがいまや完全な空調設備、ふかふかのソファに天蓋付きのベッド、大型スクリーンにスピーカー、冷蔵庫には高級酒が常備されているではないか。

シャワーの蛇口を捻ると、薄い緑色の液体が放出される。高速修復剤を希釈したものだ。

今日の潮は少し不愉快な傷をわき腹に負っていた。出血はないが痛む。そこをシャワーで洗い流すと痛みは和らいだ。

髪と体をいつもより丁寧に洗うと、バスローブを羽織ってシャワールームを出る。

すると、体を洗ったばかりにもかかわらず、潮は妙に手先が油っぽいように感じた。

 

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:37:17.24 ID:fFAY6YgyO

洗面台へ。泡沫水栓の蛇口を捻る。気泡混じりの白みがかった水が噴出する。

勢いの割に跳ねることもなく、静かに流れていく水を潮は暫し観察すると、二十倍希釈のグリースサットル(5kg/\1,698)を取り出し、それを手に掛けた。

潮が手を洗い出すと、間もなく呼び鈴がリーンと鳴った。

以前ならノックと訪問者の声で誰が訪ねてきたのか明瞭に分かったが、現在の防音壁の部屋ではそれが呼び鈴に変わり、誰が訪ねてきたのか扉を開けるまで分からなくなってしまった。

更に呼び鈴がリーンと鳴る。だが、生憎と潮は今手洗いで手が離せない。少し待ってもらうことにする。

リーン。リーン。リーン。随分堪え性のない訪ね人だ。今の艦娘の立場上、潮にこんな急かすような真似が出来るのは同じ艦娘だけであり、そして潮の交友関係からして、頭にぱっと思い浮かんだのは曙だった。

 

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:38:15.58 ID:fFAY6YgyO

しかし、今頃、曙が潮を訪ねてくることなんてあるだろうか。洗面台近くの窓からは上弦の月がくっきりと見えていた。

潮は爪の間まで丁寧にブラシを使って洗いながら考えた。曙ではないのなら誰だろうか。

潮は曙が眠っていると知っている。

曙は口こそ悪いが実際のところ優等生タイプだった。規則正しい生活を送り、艦娘としての使命感を強く持っているような。

潮は曙程に芯の強い艦娘を知らない。艦娘の中には境遇の変化に伴い変わってしまった艦娘もいたが、曙に関してその心配はなかった。

そして、その変わらない定点の曙曰く「潮、あんた少し変わったわね」と。潮はその言葉を覚えていた。「良い/悪い」の価値判断を常に含むような曙の発言にしては珍しいぐらい平坦な調子だったと印象に残っていた。

 

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:39:14.74 ID:fFAY6YgyO

そう、善し悪しは別にして、どうやら潮は変わった側らしい。しかし、言われてみれば。

以前の潮なら来客あらば、天ぷらを揚げていたとしても、すぐ応対に向かっただろう。悠長にグリースサットル(5kg/\1,698)での手洗いを優先することは決して無かったはずだ。

僅かに扉を叩く音が鈍く響き、ほとんど回らないドアノブはがちゃがちゃ回る。リーン。リーン。呼び鈴。

一度洗い流してみる。白すぎる程に白い指先。汚れはない。けれども、妙に油っぽい感じ。随分と執念深い。潮はグリースサットル(5kg/\1,698)を原液で使用し手洗いする。

その間も絶えず呼び鈴は鳴る。リーン、リーン、リーン。この執念に恐怖を感じないわけでもない。しかし、執念深いのはこの手先の汚れにも
言えることだ。

手先の汚れに恐怖はない。ならやはりこの恐怖の根元はその正体の不明瞭さにあるというのだろうか。

 

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:40:17.90 ID:fFAY6YgyO

正体不明は期待の絶対値を底上げする。今、潮のベッドは人一人が入っているかのような不自然な膨らみを孕んでいるが、もしかしたら潮はそこに愛おしい人が寝息を立てていると期待するかもしれない。

正体不明を理由にする妄想。当然潮はそれをありえないと知っている。

そうした妄想は大抵良くも悪くも裏切られる運命にある。この呼び鈴の正体もあっけないものだろう。必ず。

ならば、さっさと確かめてその僅かな懸案を解消すれば良いのだが、不思議と潮はそうする気が起きず、グリースサットル(5kg/\1,698)での手洗いを優先した。

水の流れる音、グリースサットル(5kg/\1,698)の音、呼び鈴の音、扉を叩く音、扉を開けようとする音、それらを除けば全く静かな夜であった。

潮は安らいで心に余裕のある己を発見した。いつの間に期待に左右されなくなったのだろうか。以前ならば、すぐベッドの膨らみを開き、扉を開けた潮だっただろうに。

 

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:41:31.58 ID:fFAY6YgyO

しかし、なにも潮だけが変わったわけではない。環境が変われば人も変わる。曙がどちらかと言うと例外的なのだ。

この鎮守府で最も変わってしまった人は提督であった。艦娘の立場が不当なまでに上がるにつれて、提督との上下関係は形骸化していた。

明らかに組織は腐敗していた。誰もがそれを愚かな倒錯だと気づいたが、誰もそれを是正しようとしなかった。

もはや人類は種の保存に至上の価値を見いださない。存亡への危機感は、問題に関わる煩わしさと倦怠に呑まれている。

人類存続を目的に設定できなくなった提督は、実質的に上司も同然の艦娘の機嫌をうかがうことがもっぱらの仕事となった。

その態度の変化について曙のようにとやかく言うつもりは潮にはない。ただ潮にとって問題は提督との関係が希薄になったことだった。

 

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:43:26.10 ID:fFAY6YgyO

潮と提督との関係は、内気な潮に対して提督が気にかけるというものだった。つまり、提督の下に潮がいるという上下関係のもとで良く機能するものだった。

潮が立場的に上となってしまった今ではその関係は不可能であり、提督とは途端に疎遠となった。

潮は提督とつまるところ上司と部下の関係しか築けなかったのだと認めざるをえなかった。密かに提督に好意を寄せていた潮にとって、この事実はいざ現実のものになると強い衝撃を伴うものだった。

提督と潮は長い付き合いだった。曙よりも長い。その間、関係を進展していると考えていたのは潮だけ。

ある時、潮は曙が提督と以前と変わらない、むしろ以前より「良い関係」を保っていることを知った。

潮は曙のことをよく言えば「意志が強い」、悪く言えば「わがまま」だと思っていた。そうした振る舞いは控えめな潮にとって出来ないことであったが、もし「わがまま」こそが己の欲するものを手にする鍵だと言うのなら。

 

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:45:48.68 ID:fFAY6YgyO

呼び鈴はもうほとんどアラーム音の如くリンリンと鳴り、防音扉からはドンドンと振動音が響き、強化ガラスも台風にでも煽られたかのようにビシビシ軋んでいた。

グリースサットル(5kg/\1,698)を指先で泡立てる。かなり落ち着いてきた。流石グリースサットル(5kg/\1,698)。グリースサットル(5kg/\1,698)に落とせない油汚れはない。

艦娘にとって粘っこい油汚れはそう珍しいものではない。艦娘と深海棲艦は船と生物が混じり合ったようなものであり、人類より血液が油っぽいのだ。

戦いのさなか血しぶきがかかればそれは油まみれに等しく、特に内臓なんかをいじり回したりしたら、それこそしばらくは独特の臭いと感触が残るのを覚悟しなければならない。

艦娘の血液組成が人類と大きく異なっていても日常生活で困ることはない。ただ鎮守府の発足後まだ間もない頃、艦娘の健康診断で全員が高脂血症と診断されたことなどは、ある意味、思い出深いエピソードとして語られている。

肘近くまでよく洗った潮はもう一度洗い流した。泡だったグリースサットル(5kg/\1,698)が水に流されていく。水泡とグリースサットル(5kg/\1,698)の泡が混じり合い、うたかたとなって消えた。

 

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:50:12.55 ID:5O8tk0H9o
グリースサットル(5kg/\1,698)買わないと……

 

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/28(金) 11:52:05.58 ID:fFAY6YgyO

潮はタオルで指先と腕をふき取ると、扉へ向かった。もう呼び鈴もノックも何も無かった。果たして扉を開けると誰もいなかった。

赤絨毯の回廊。無人無音。首を出してみても、何の気配もない。回廊はただまっすぐ延び、遠近法で狭まっていく先で暗がりに呑まれていた。

扉を閉める。潮は手首を回しながら指先を眺めた。努力の甲斐あって、恐ろしい程に白くてすべすべした質感であった。

潮は満足げに笑うと、ベッドに潜り込んだ。最近手に入れたお気に入りの抱き枕を抱く。やっぱりお気に入りのものは汚したくないですよねと潮は乙女にささやいた。

グリースサットル(5kg/\1,698)に落とせない汚れはないんだなと潮は思った。ありがとうグリースサットル(5kg/\1,698)。それと、さようなら、

ベッドでしばらく身じろぎする音がやむと、あとは上弦の月が笑う声だけ残る。それ以外は何も除くものがない全く静かな夜であった。

おわり

 

 

元スレ

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